第一話「シーク・キャット・ウォーク」序
0.はじめに
このリプレイは、『マモノスクランブル』の二次創作となります。
『マモノスクランブル』は、〈マモノ〉という超常の存在が人間と共存する現代社会を舞台にしたTRPGのひとつです。
マモノには様々な種類があり、プレイヤー、つまり遊ぶ人は自分のなりたいマモノとして、彼らの暮らす〈東京〉の住人となり、様々な日々の事件の解決に挑みます。
このリプレイの主役「ライム」はそんなマモノのひとり。コピースライムの彼女は、ある日の放課後、友人の中居太郎に手を貸すように頼まれます。そこから思わぬ事件に巻き込まれてゆくのです。
さて、これから本編に入るのですが、その前にひとつ警告があります。このリプレイは、『マモノスクランブル』ルールブック収録のソロシナリオ「シーク・キャット・ウォーク」で遊んだものを、読み物風に仕立てたものです。いわゆるネタバレがあります。
なお序破急の3部を投稿する予定で、今回は序の部分にあたります。
1.ある日の放課後
日本とよばれる極東の小さな国の首都東京が、魑魅魍魎たちの暮らす実験都市〈東京〉となってから既に久しい。
〈大停止〉以来、世界中にあらわれた“かれら”も今や〈マモノ〉と呼ばれ、薄氷を履むような危うさで人類との共存を果たしている。
〈東京〉――〈マリョク〉満つるこの場所では、なんでも起こる。
「あーだからして、君たちもこの街では充分注意して生活するように。なにせ危険なんてどこにもある。君たちの本分は学生なんだから、軽率に犯罪系〈クラン〉に関わったりしちゃイカンぞー」
「ふわぁ」
変わり映えのない山羊頭の担任の言葉を聞き流しながら、ライムは小さく欠伸をした。
〈東京〉で高校生になってこのかた二年。それなりに人間社会(?)にも慣れてきたが、放課後のホームルームの退屈さだけはどうにもならない。
たまに何かいい暇つぶしはないかと考えてもみるが、〈大停止〉により生まれたコピースライムのライムには、同じ年ごろの人間ほどに空想に浸れるような経験はなく、かといって暇をつぶせるほどの器用な力もなかった。
「暇っすねぇ」
なので、こうして意識を内側にふわふわ沈めながら時が過ぎるのを待つしかない。
「――おいライム、起きてくれ」
「……ふわっ」
突然、肩をゆすられてライムの意識が夢から現実に浮上する。
声の方を見ると、鋭い目つきの偉丈夫――クラスメイトの人間、中居太郎が立っていた。
ライムは辺りに目をやる。どうやら、ふわふわしているうちに本当に寝てしまっていたようで、とっくにホームルームは終わって教室には数人の生徒だけが疎らに残っている。
「やっと起きたか。ライム、寝起きで悪いが、相談――というか、手を貸してくれ」
寝起き早々クラスメイトに頭を下げられ、ライムは内心なんのこっちゃと小首をかしげる。実際に口に出さなかったのは、ひとえに中居の言葉が真剣味を帯びていたからだ。
ライムの知る中居太郎という男は、マモノに劣らないフィジカルと、それを決して曲がったことには使わないメンタルを持つ、一本芯の通った人間だ。そんな中居が、頭を下げて手を貸してほしいというのはタダゴトとは思えない。
「ゼンゼン悪いことなんてないっすよ。トモダチの頼みっすから、じぶんで役に立つなら」
と、とりあえず安請け合いしてみたものの。中居のことだ、まさかケンカの助っ人というわけではないだろう。ライムに声を掛けたということは、コピースライムの力が必要なのだろうか。
――コピースライム。大量のマリョクを含んだ水とポリビニルアルコールによって構成され、他者に擬態する力を持ったマモノ。身体の頑丈さにはちょっと自信はあるが、腕力は人間の少女とそれほど変わらず、肝心の擬態に関しても姿形を変化させるだけで、派手なことが出来るわけでもない。ならばマモノとしての社会的地位はというとこれまた地味な〈東京〉のどこにでもいる学生のひとりである。
あんまり面倒事じゃないといいなあ、とライムが思ったのもさもあらん。
「それで、何を手伝うっすか?」
と、ライムが水を向けると、中居は見た目に似合わず、困ったように頭をかき言った。
「――じつは、迷子のネコを探してるんだ」
2.迷子のネコの話
事の始まりは昨日の夜だ。前にこの辺りを夜走るのが日課だって話したよな。その途中のことだよ。
いつものランニングの途中、道端に何か光るものが見えた。気になって近づいてみると、怪我をしてるネコがいたんだ。
真っ黒なネコだった。そいつ、凝った装飾の銀の首輪を付けてたから誰かのペットだと思う。怪我自体はそこまで酷いものじゃなかったが、後ろ脚と腹に刃物でつけたような傷があった。
――虐待? ああ、オレも最初そう思った。飼い主に虐められて、どうにかして逃げたんじゃないのかってな。でも、そいつの銀の首輪な、すこしもくすんでいなかったんだ。かすかな月の光できらめくほどに。
だから妙に思った。大切にされているネコだ、怪我したまま道端に放置なんておかしいだろ。それに傷も――あれは故意につけられたものに見えた。
それで、オレはそいつを家に連れて帰った。飼いネコを勝手にってのは多少抵抗はあったが、怪我のこともあったし、獣医も閉まってる時間だ。簡単な手当くらいはしてやらないと可哀そうだろ。
で、朝になったらちゃんと獣医に診せて、飼い主を探そうと思っていたんだが。
今朝、気づいたら、いなくなっていた。
3.消えたネコちゃん
「いなくなってた……つまり逃げたってコトっすか、ネコちゃん」
「ああ、オレも注意はしてたんだが、さすがに不寝番ってわけにもいかなくてな。情けない話だが、起きた時にはもういなかった」
「まあまあ、それは。だれだって眠気には勝てないっすから」
と、肩を落とす中居を慰めつつ、ライムは思案する。
中居のネコに対する心配はもっともに思えた。応急手当はされているといっても、そのままにしておいていいものではないだろう。それに少なくとも、ネコを切りつける危ないやつがいるのは間違いない。
「ちなみに、そのネコちゃんがマモノだったってコトはないっすか。――こんなカンジで」
と、ライムは力を使って頭にネコミミを生やす。やろうと思えばネコそのものの形に成れるが、説明にはこれで十分だ。
「いや、動物のフリしたマモノって感じでもなかった。それに手当に使った血の付いたタオルなんかも残ってたから、幻覚や夢ってわけでもないぞ」
と、中居はライムのネコミミをちらりと見て、鼻をかきながら答える。
「そうっすか。うーん、とにかくそのネコちゃんを探すしかないみたいっすね」
音もなくネコミミを引っ込めてライムが立ち上がると、呼応するように中居は言った。
「助かるぜ、オメーなら協力してくれると思った。それじゃあ、まずは聞き込みと行こうぜ。場所の目星はつけてるんだ!」
ネコを一刻を早く見つけたいとでもいわんばかりの勢いで、中居は教室を飛び出した。
「はやっ、って廊下は走っちゃだめっすよー」
そうして中居を追いかけ、ライムも駆け出した。