第一話「シーク・キャット・ウォーク」破
4.ネコをさがして(1)
「ここだ。この辺りでネコを見つけたんだ。もしかしたら、あのネコを見かけたやつがいるかもしれねえ」
ライムたちは学校に近い住宅地の中のコインパーキングに立っていた。中居が意気込むから一体どんな場所に行くのかと思ったが、この場所ならライムも知っていた。
最大収容台数60台とこの辺りでは最も広い駐車場で、車室を区切るため縦横に引かれた白線と車室毎に置かれた精算機は墓地のようにも見える。料金は一時間300円の最大1500円也――〈東京〉ではまだ安いほうらしいが、クルマ文化に馴染みのないライムからしてみれば正気の金額ではない。
「にしても……車にバイク、牛車、UFOと。夕暮れ時でも利用者ってそこそこいるんすね。てか、牛車はまだしもUFOって車っすか?」
「まあ、乗り物ではあるだろ。それにこの駐車場は月極契約もできるから、どの時間帯でもそれなりに利用者がいるんだ。聞き込みにはもってこいだぜ。どっからはじめる?」
と、中居は辺りを見渡して言う。
ライムも場内をあらためて見渡す。駐車場の利用者は多種多様。老若男女――人マ問わず、ここが墓地だとしたらさぞ賑やかだろう――なんて考えていたら、ふとある存在に気が付いた。
「なるほどっす。じゃあ、さっそくあの子に聞くっすよ」
とライムが指差した一画――14番の車室は空いていた。
中居もそこに視線を向け、疑問を口にする。
「あの子って。オメーの指してるところ、だれもいないぞ」
「えー……ああ、中居くんは人間っすもんね。なら、見えないのも仕方ないっすよ」
そう言ってライムは14番の車室へ歩き出す。
「おい、どういうわけだよっ」
「つまり、ある意味ここはホントに墓地ってコトっす。車室は区画で、精算機は墓石。だったら住人だって居るっすよ、そりゃ」
5.ネコをさがして(2)
車室番号14番の精算機には、幼い少女がひとり腰かけている。
幼さを感じさせるおかっぱ頭に整った顔立ちはどこか浮世離れしており、着ている真っ白なワンピースに汚れ一つないのもいよいよ霊的な印象を深めた。
霊的――中居にはその姿が見えないという。ライムの見立てでは、少女は十にいくかどうかの年ごろに思えたが、〈東京〉で見た目はアテにならない。少女は人間ではない、おそらくマモノだ。
「こんちは、お嬢さん。ちょっといいっすか」
と、ライムは目の前の少女に声を掛ける。少女はライムを数秒じつと見つめたあと応えた。
「こんにちは、お姉さん。そっちの……お兄さんには見えてないのね。それで、なあに?」
「じぶんたち、ここらでケガしたネコちゃんを探してるっす。真っ黒で、高そうな銀の首輪を付けてて……最後に見たのが昨日の夜なんすけど、何か知らないっすか?」
「カイヌちゃんの使い魔だよ、そのコ」
ライムが黒ネコの特徴を少女に伝えると、答えはすぐ返ってきた。
「カイヌ……飼い主の名前っすか」
「うん、人間の魔術師。カイヌちゃんはあたしが見えたから、たまにお話もしてたよ」
これは思ったより簡単な話かもしれないとライムが内心思ったのも無理はない。
だが、続く言葉でその期待は絶たれた。
「この近くに住んでたんだよ。死んじゃったけどね」
「えっ、いつ」
「おとといよ」
これは、困った。黒ネコを追っていたら、飼い主と思われる魔術師はすでに故人だという。しかも、その使い魔の黒ネコは、何者かに傷つけられていた。
妙な感じだ。何か、嫌な予感がする。
「カイヌさんの家の場所はわかるっすか?」
「うん。でも、もうないよ。燃えちゃったから」
「……燃えた?」
「うん。火葬されちゃったんだ、カイヌちゃん」
ライムの〈東京〉の住民としての勘がアラートを発している――いまなら、まだ引き返せる。
気づけば太陽は西に傾いて、そろそろ夜が来る。中居にこの会話は聞こえていないし、そもそもただのネコ探しが、人死にに繋がるなんて聞いていない。ここで適当に諦めて帰れば明日はいつも通りの日常だ。
だというのに、ライムは言葉を続ける。
「火葬っすか……だれに?」
「リザードマンの男のひと。カイヌちゃんは、そのひとに殺されたのよ」
逢魔時。〈東京〉の闇が、迫っている。
6.リザードマンの男
「魔術師殺しに、傷ついた使い魔。火事に、犯人はリザードマンだって? なんの冗談だそりゃ」
と、ライムから話を聞いた中居は、困惑の表情でつぶやいた。
無理もない。ライムが少女の話を聞いた時から、事はすでにただのネコ探しではなくなっている。
――少女と話した後、ライムたちはさらに聞き込みを続けた。そこで知り得た情報によると、カイヌ殺しの下手人と思われるリザードマンの男は、事件後に黒ネコを探す姿が目撃されている。男は右手をケガしており、その責任を取らせるためにネコを探していると言っていたらしい。
このままネコ探しを進めれば、いずれ行き会うことになる公算は大きい。
「じゃ、やめるっすか。山羊頭も言ってたっすし、“君子、危うきに近寄らず”って」
実際、ライムはそれでも構わなかった。
事件の真相は気になるが、とはいえ危ない事はしないに越したことはない。それに、すでに人死にが出ている。このまま進めば下手人のリザードマンの男と行き会うのは必定だ。ライムはまだしも、人間の中居には危険この上ない。
「そりゃ、ないだろ。オレはもう関わっちまってる。いまさら知らんぷりできねえよ。……でも」
そう、中居という人間はここで尻尾を巻いて逃げるヤツではないことも、ライムは知っていた。
ライムは立ち止まり、中居の言葉を遮り言った。
「いまさら“オメーだけ帰れ”はナシっすよ、中居くん。じぶんだって、もう関わっちまってる、っす。トモダチだから、最後まで付き合うっすよ」
中居はライムに一瞬視線を向けるが、何も言わず、すぐに戻した。
「……早稲田魔術街だ。事は魔術師殺し、ここならリザードマンの男について手がかりがあるかもしれない」
「カイヌさんやネコちゃんについて聞いてみるのもアリっすね」
今、ライムたちのいる早稲田魔術街は、〈東京〉は新宿区の北に位置する魔術師の多く住む地区である。そこらじゅう露店が立ち並び、護符や壜詰めの魔法薬、外多種多様の魔法道具が販売されており、その手のモノに事欠かない〈東京〉といえども地区まるごとこのような光景はちょっと珍しい。
またそのような性質上、ただの露店と思ったら違法取引の隠れ蓑だったということも珍しくない、いわゆる“アングラ”な気配漂う場所でもあった。
「さて……じゃあ、どうする?」
「とにかく、あちこちで今回の件を聞いて回るっすよ。特にカイヌさんやネコちゃんについて。犯人がネコちゃんを探してるなら、同じようにネコちゃんを追うじぶんらを放っておくはずないっす」
「そんなに上手く釣れるもんかねえ」
中居のつぶやいた疑問に対し、ハッキリとライムは答える。
「じぶん、これでもマリョクで出来てるコピースライムっすから、魔術師には詳しいっす。アイツら、自分の成果を奪われるのが、何よりも嫌いな連中っすよ」
その方面に疎い中居はそんなもんかと頷くほかない。
その頷きを了解と取ったのか、ライムは渾身のドヤ顔で宣言した。
「さて、作戦開始っす。ま、一時間も聞いて回れば、ハッキリするっすよ」