日記:2024年12月3日


〇晴れ。SNSで仕事の態度についての話題を見かけ、入浴しながらそれについて考えていたら、以下のような話が浮かんだ。

〇ある大工の話
 いつか、ある町にひとりの老大工がいた。
 その老大工は町一番の腕前で、仕事をもらえば、犬小屋から神殿まで何でも造った。
 老大工の仕事は丁寧かつ迅速だった。町の人々は彼の建てたものを見、「百年後も残りつづける仕事だ」と言った。
 そんな老大工だが、彼の生活は質素だった。
 家族は若いころに連添った妻はいたが、子は無かった。夫婦は小さな家――これも老大工の手になる――で慎ましやかに暮らしていた。
 老大工の一日は決まったことの繰り返しで、仕事をする以外はほとんど家におり、仕事道具の手入れをするか、近所の人と碁を打っていた。
 ある時、近所の人が碁を打ちに老大工の家に訪れた。
 その人と老大工が碁を打ちはじめて、しばらくしたころ、ふと近所の人の目に老大工の仕事道具がとまった。
「あれはあんたの仕事道具かね」
 と、近所の人が老大工にたずねた。
「ええ、私の道具ですが、何か」
 と、老大工も道具の方へ目を遣って応えた。
 碁を打つ音は止み、二人は仕事道具を見ながら話をつづける。
「いやね、前に噂を聞いたんだがね。あんたは神殿を造るときだけは普段使ってる道具を使わず、わざわざその仕事のための道具を買うそうだね。仕事が終われば、その道具は捨ててしまうそうだね」
「ええ、そのとおりです」
「それはね、なんでだね」
「ええ、たいした理由はないんです。ただ、やっぱり神様の御住まいを建てるのに、普段使ってる道具を使っちゃイカンでしょう。いやもちろん、犬小屋を建てるのも神殿を建てるのも仕事、どちらも手抜きはしません」
「それなら、同じ道具でも仕事は変わらないんじゃないかね。ましてや、あんたの腕ならなおさらね。それに道具を使い捨てるようなやり方は、あんたらしく思えないんだがね」
 と、近所の人は言ってから、老大工の家を見渡した。小さな家だから端から端まで見るのに苦労はない。丁寧な仕事で建てられた家だが、やはり質素だった。
 隣の部屋から、老大工の妻が家事をする音が聞こえた。
「それに、あんたの使う道具だからね。安くはないだろうね。その分で奥さんにうまいものでも食わせてやってもいいんじゃないかね」
「ええ、それはそうなんですが。まあ、それでも同じ道具でやるというのはいけません。何せ、町の連中から百年先も残ると言われていますから」
 と、老大工は少々照れ臭そうな顔で言い、続けた。
「たしかに、道具を変えたって私の仕事は変わりません。あなたのように、私を知る人からすれば、私が神殿造りだけ道具を変えるのは奇妙なんでしょう」
 老大工は碁笥の碁石をひとつ拾い、その手触りを確かめながら続けた。
「しかし百年後は、私もあんたもくたばっている。私の仕事は残っても、私のことを知る人なんていない。いや、伝わる話はあるかもしれないが、それだってどれほど正しいものかわかりゃしない」
 老大工は手に持つ碁石を碁盤に置いた。耳に心地よい音が部屋に響く。
「だから、やっぱり神様の御住まいを建てるのに、普段使ってる道具を使っちゃイカンでしょう。百年後、あの神殿は犬小屋を建てた道具で造られた、なんて言われちゃ申し訳ない」
 老大工の言葉を聞いた近所の人は、老大工の顔をじっと見た。それからその手を、碁石を打った指先を。
「そういうものかね、そういうものかもしれないね。あんたも大変だね」
 そう言って、近所の人も碁石を打った。
「ええ、まあ、これが仕事ですから」
 そこで会話は止んだ。
 後には再び二人が碁を打ちあう音と、隣の部屋で老大工の妻の家事をする音だけが、小さな家に響いていた。

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