日記:2025年10月5日

〇終日雨。ゲームの物語で「最悪と死の瀬戸際にいる人、その人をなんとか死なないように救うのに精一杯で、自分の苦難を顧みられない人の地獄」を見、ケアのパラドックスについて考えた。
 ケアのパラドックス。これは適当なものだから、おそらく正しい呼び方ではない。要するに、「他者のケアをする人のケアは誰がするのか?」という問題である。
 ケアとは本来互助的行為であるが、これは建前なので置いておく。
 現実であれば、おそらく最終的に行き着く場所は行政や民間の設置した窓口や専門家となる。こういったセーフティネットの存在は全き心強い。
 が、物語の世界となると、途端にこのセーフティネットは見えなくなる。そうじゃなければお話にならないと言えばそうなのだけれど、私は物語でこのケアのパラドックスと出会うたび――大抵の場合、これは間接的に描かれる。それが本題でないかぎり、直接描写をするには強烈で、生々しすぎるから――その地獄を想像しては暗澹とする。
「無用に人情を傷つけるだけの駄作」とまで言う胆力は無いが、あまり好ましいものではない。

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