〇快晴。この時期にふさわしくない春の日のごとき麗らかな陽気が心地よかった。私はそれを病室の窓から浴びていた。
午後二時頃、母から連絡があった。入院中の祖母の病状悪しく、末期の苦痛に苛まれる祖母の苦しみを和らげる為、主治医からモルヒネを投与する旨を伝えられたとのことだった。モルヒネを投与すれば苦痛は和らぎ、意識障害をきたす。現実の何もかもが不明になる前に一度、祖母に顔を見せてやれないか。――
私は病院に向かった。病室に入って病床に伏せる祖母を見、驚いた。つい先週見舞った時の祖母の面影は消え失せており、そこには誰が見ても今際の際としか思われない姿がある。肉が落ち骨に皮が張り付いただけの腕や萎れた花のような顔は見ていられない。
祖母は私や母、それに病室を訪れる医者や看護師に頻りに感謝の言葉を言う。「ありがとう、ありがとう、ありがとう」そして、その次にこう続ける。「もういいよ。もう、何もしなくていいよ。ありがとう」……
祖母は己を蝕む病の名を知らない。だが、己の命数が尽きようとしていることは痛いほど感じているだろう。病院のベッドの上で、体中管だらけになって、かろうじて生かされる苦しみは、もはや私の想像を絶する。
私は、ただ立っていた。阿呆のように黙って立ち、祖母の呻きを聞きながら、皆の動く様を見ていた。ふと病室の窓を見れば射し込む陽光は暖かく窓の外に広がる町の景色が美しい。そして、内に目を向ければ、痛みに叫ぶ、枯れ枝のような祖母がいる。
〇永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』を読む。