日記:2026年3月29日

〇晴れ。本邦はどうも語呂合わせ的イベントが多い。29日というのもそうで、つまり「肉の日」もそのひとつである。今日はXのタイムラインが多いに好かった。発生源はとあるユーザーの『家の庭で豪快なバーベキュー行なうアメリカ人男性に憧れる』というようなポスト。Xの翻訳機能を使ってこれをみた米国のユーザーたちにより様々な「BBQ自慢」のポストが写真とともに上げられた。
 どれも実に羨ましい。巨大な肉を焼いて食うことへの憧憬は世界共通なのだろう。

〇こういった話題は互いの文化への尊敬や交流を育むもので、当然ここに政治や経済といった鹿爪らしい要素を持ち込むのは慎まれるべきなのだが、いくつかのポストを見ていると、どうやらこれらの反応は昨今の米国事情とも関係しているらしい。
 端的に言えば、都市と地方の分断の問題である。
 洗練された都市的な文化は、牧歌的伝統的な地方文化を排除する。むろん全てがそうとは言わないものの、両者は水と油の関係で、効率や資本を幹とする都市文化にとって、地方文化は野暮ったく前時代的なものとされているらしい。ともすれば、それは「文化」とすらされず「野蛮」の言葉で定義される。
 そうした自らの文化を野蛮と呼ばれ一顧だにされないなかで、ふと見つけられたのが先のポストだった。そこには政治的正しさや販売戦略といった煩わしい要素もない。ただ無邪気な憧れによって、自らの文化が肯定される。その単純さこそが、彼らの琴線に触れたのだろう。
 良いことだと思う。私も流れてくるポストを翻訳機能を使って読んだ。どれも自らの文化に対する素朴な愛情に満ちていた。私たちが隣人を友人として知るのは、こういう瞬間なのだろう。

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