日記:2026年2月26日

〇晴れ。今日という日付を見、二・二六事件に思いを馳せる。雪の降る寒空の下で行なわれたイメージがあり、それは桜田門外の変を想起させる。どちらも恐ろしい思想から出でた殺人であり、人間の虚しさを象徴する寒々しさである。
 Xのタイムラインに、当時の戒厳司令部が傍聴していた通話音声というのが流れてきた。そこには事件の中心人物たる蹶起将校の肉声があった。
 聞いてまず思ったのが、「避けられぬ死を前にした人間の声音とはこんなものか」ということである。恐慌していたり興奮状態にあったり、そういった殺人者の狂気を感じさせない、実に冷静そのものだった。
 平和にある私には、このリアルな音声こそフィクションに思えてならない。人は、思想なるもののために人を殺め、多くの人間を巻き込み、死に向かうとき、こうも穏やかであれるものか?
 おそらく、その答えを私が知ることはないだろう。その感情を理解することもないだろう。それでいいと思う。

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