日記:2025年6月15日

〇雨のち晴れ。いまのテレビ不況の時代であっても、テレビ番組――殊にニュースは目に入るものである。涜職、醜聞、その他諸々の私の生活に対して全きくだらない足の引っ張り合いが、カメラを通して繰り広げられている。
 といっても、これは国内での話であり、そこに紛れ込んだ重大な事態もある。
 いわゆる国際情勢、国際問題を報じるものがそれであり、こちらも、やはり直ちに私の生活には関わらず、たとえ関わっていたとしても何をかする術もないものがほとんどなのだが。
 まったく人とは過ちを繰り返す生き物というしかない。21世紀は平和の時代とはなんだったのか。20世紀あるいはそれより前の世紀からつづく混沌とした歴史を焼き直しているかのような様相である。
 暗澹とする。恐るべき真実とは、人間の実相とは結局のところ、この血に塗れた焼き直しの歴史ではないかという事。

〇世の中の感覚とズレないために新聞を読みなさい、ニュースを観なさいなどということを学生時分はよく言われたものだが、これは生温い処世術でしかなく、別の言い方をすれば、目と耳を毒に慣らしておくことでしかない。

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