〇晴れ時々雨。今日、祖母の法要が行われた。昨日に続き、朝から諸々の準備をして、それが終わる頃に御坊をお迎えして経をあげてもらい、御坊をお送りして、その足で食事の支度をして――と、結局終わる頃には日がとっくり暮れていた。
故人を偲ぶ場だから、何事も時間を掛けてやる。私としては、祖母は火葬場で骨を拾ったそのときに別れを済ましたものと思っているから、そういった諸事は形式的なものとしか思われない。冷淡と言われるだろうから、決して口には出さないが。
とはいえ、私の考えはべつにすると、こういった儀式は全然無駄というわけでもない。永訣の後、残された人たちが、その後の日々を日常として受け入れるのに、こういった儀式が助けとなるのは確かである。
ここまで書いてみて、どうやら私の中にも祖母の死を信じられない気持ちが残っているらしいと気づいた。儀式に対する文句はそういうところから出たものと思われる。
〇有り体に言えば退屈したと書きはしたが、そもそも親族の端っこで成り行きを見守り時々手伝いをする程度の私が何をか言わんや。しかし、こういった儀式を自分が中心となって執り行う時が来たら、さて、私はちゃんと出来るかしらん――と、不安になった。