〇晴れ。早朝に城のまわりを散歩する。途中、城濠で五羽の白鳥を見かけた。昨年の暮れだかに濠の白鳥が子を産んだという噂は聞いていたが、姿を見かけないので鳶か猫でも食われたものと思っていた。
ところが実際は雛鳥は成長し、親と共に――真実親子であるかは知らないが――悠々と濠を泳いでいる。これは推察するに、濠の管理者(この場合は行政だろう)が、ある程度育つまで隔離していたものと思われる。
畜生とはいえ子が外敵に攫われて食われるなど惨い悲劇に違いなく、それが無事育っていたのだからケッコウなこと。
〇訶梨帝母の話を思い出す。
カリテイモと呼ばれる千人の子を持つ美貌の夜叉で、その性質荒々しく人々の幼児を攫って食うので恐れ憎まれていたところ、それを見かねた釈迦が一計を案じてカリテイモの最愛の子ピンガラを隠してしまった。そうして子を失い嘆き悲しむカリテイモのもとに釈迦は現れ、「千人の子の一人を失っただけでお前はそれほど悲しみを覚えている。お前が攫い食った子の親の悲しみはどれほどであろうか?」と、カリテイモの行いを戒め、これを受けたカリテイモは親の悲しみを知り心を入れ替え、子どもの守り神となる。
訶梨帝母――あるいは鬼子母神とも呼ばれる。
このカリテイモ、釈迦に子を隠された際には半狂乱となり丸一週間世界中を捜索したというから、親子の情というのは凄まじい。
とはいえ、上述の話は説話であって現実ではない。白鳥はカリテイモでなく、鳶や猫は釈迦でないから、攫われた雛鳥がいたところで、自然界の弱肉強食の掟の前に、狩人の腹を膨らませるだけである。