〇曇りのち雨。数週間ぶりの雨が降った。これで気温が下がるかといえば、やはり猛暑に湿気が加わるだけなのだが、それは体感の話で、実際の気温は下がっているらしい。『らしい』というのは、気温35度を超えてしまえば天候にかかわらず生命の危機を感じる暑さであるから。
〇Xのタイムラインに商業小説における差別用語の話題が流れてきた。その話題には直接関係はないが、学生時分の「障害者サービス論」と「地方経済学」の講義を思い出した。
『ショウガイシャ』と書くとき、『がい』『害』『碍』いずれの字を使うのが適当かという内容である。結論を述べてしまえば、適当な字はない。
これはその字を使う際、使われる側がどう受取るかの問題であり、言い換えれば、当事者がどう表されたいかが大切という結論である。無論いずれの字を使うにしても、差別の文脈で使われる事は、断固として許容すべきではない。
『限界集落』『百姓』という語彙は用法として適切ではないという内容もあった。
これは経済学の徒であるなら「限界」という言葉を印象で使うべきではなく、農家を表す語として「百姓」を用いるのはそもそも誤りであるという事だった。
これらの語彙は、いわゆる机上の語彙である。文章のなかで偏ったイメージのまま使われることはあれど、こういった語彙を現実世界で用いる者には注意し、よく人物を見極めなければいけないという。
私もこの意見には概ね賛成である。