日記:2025年5月3日

〇晴れ。ゴールデンウィークといっても習慣は変わらない。ましてや土日ともなれば、それはただの休日である。
 早朝に散歩に行き、その足で祖母の家の仏壇の世話をしてから、喫茶店で朝食を済ませる。いつもの私の土曜日の習慣。

〇小寺無人『アキバハラ・シーラップロッカウェイ』読了。
 面白かった。とはいえ、感想戦はXでしてしまったから、ここには秋葉原を舞台とする作品に触れて考えたことを書く。
 私の秋葉原の印象は、十数年前に一度行った東京旅行の記憶にしかない。そのころは『涼宮ハルヒの憂鬱』や『らき☆すた』あるいはラノベ原作(主に電撃文庫)のアニメが盛んで、例にもれず私もそういうサブカルチャー文化にハマり、その中心地・秋葉原に憧れるオタクの一人だった。
 だがしかし、私に残る憧れの地・秋葉原の記憶は、アニメイトで作った会員カードや『灼眼のシャナ』のグッズなどよりも、往来のあちこちに座りこむホームレスたちの姿であった。
 通行する人々はホームレスに全き無関心であった。そこには嫌悪も忌避も憐憫もなく、ただ存在の認められない疎外の恐怖があった。私はそういう場面を目の当たりにし、「この『見えない人』が、自らの存在を示そうとするには血を流すしかないだろう」と思い、それをおそろしく思った。
 そういう記憶のある場所だから、私にとって秋葉原はあまり好印象の場所ではないのだが、作中のアキバはそこまで悪くない街に思えた。

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