日記:2026年7月22日

〇晴れ。依然猛暑。『活俠傳』1周目を「江湖隠退」で終えた。私の趙活(主人公)の結末は「武侠として人生を捨て、愛する小師妹と共に平穏な人生を生きてゆく」というものであった。
 蓋し泣きたくなるほど平凡な幸福といってよい。
 この結末は、流れに身を任せるのではなく、それなりの選択の決着だと思っている。
 材料はいくつかあるが、決定的であったのは武林盟からの脱出の後、いよいよ唐門滅亡の予感濃厚となった際の趙活の言葉。
 曰く、自分の意志で江湖を去る者に俺が何を言える。べつに江湖だけが人生ではない、その人が生きているかぎり人生は続いてゆく。──
 時世の流れはもはや如何ともし難く、唐門は打って出るか、逃げ去るかの二択しかなくなった。武侠的な美を選ぶのであれば、対する武林盟に必死の戦いを挑んで一門皆江湖に屍を晒すべきであったが、私は趙活の言葉に、趙活という人間の真を見た。
 また、武侠という趙活の憧れた人生に対し、小師妹という少女の、共に逃げて生きようという祈りに応えないのは、趙活という人間にとって嘘だと思った。
『さよなら、唐門。』
 最後の独白はせつなく、しかしそれは、俗世を離れて小師妹と共に静かに老いてゆく趙活の「これから」への祝福にも聞こえた。

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