日記:2025年5月21日

〇曇のち雨。「間違った結末を書いたときには何が起こるだろうか」という杞憂は人間誰しも持ちうるが、結局どうなるのかについては、そのときにならないと分からない。
 先日、ある政治家が地元の講演会で発した失言により大臣辞職に追い込まれた。前後の発言と当人の弁を聞くに、どうやらウケ狙いで発したものが、想定外の深刻な意味にとらえられ、印象を著しく悪化させたらしい。
 政治家は、後に続く話題への繋ぎと、支援者に対する感謝を伝えようとした。そこに内輪向けに印象を良くしようとする下心(ウケたいという人間の根源的欲求)が合わさり、続く話題に対し甚だ不適切な言葉を使い、また世間の感覚とは乖離した浮ついた印象を見る者に与えた。
 結果、辞職に追い込まれた。
 政治家の発言については擁護の余地はない。ウケ狙いであれなんであれ、政治家ともなれば発言の責任を負わねばならない。
 が、そこで最初の言葉にもどる。
「間違った結末を書いたときには何が起こるだろうか」
 今回の件を聞いて私はこの言葉を思い出した。
 間違った結末を書いたときには何が起こるか?
 それは起きてみなければ分からない。
 今回の場合、間違った結末を書いた者は立場を失ってしまった。

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