日記:2025年4月13日

〇春驟雨。妹の水子供養のため、友人の寺を訪ねた。
 寺は、伽藍に巨大な仏像の祀られた古刹である。が、私の印象に残ったのはその仏像ではなく散始めの境内の枝垂桜であった。黒灰の玉砂利の上に点々と落ちた桜の花弁はなんだか霊妙な感じに美しかった。むろん、これは私の信仰心の薄さの表れでもある。

〇この水子供養もかれこれ五年ほど続いている。私の宗派(といっても私は敬虔な信徒ではないけれど)とは異なる宗派なのだが、諸々の縁があってお願いしている。時折遊ぶ友人のところという気楽さが有難く、おそらくこれからも続けるだろう。

〇供養自体は一時間ほどで終わるのだが、その後に友人と話したりし、つい時間を忘れて長居してしまい気づけば夕になっていた。訪ねたときには曇天だった空は崩れて帰るころには春の嵐となった。
「今年の枝垂桜もこれで終いだね」と友人が言った。
 私の見送りに傘を差して立つ友人には気の毒な雨であった。

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