〇晴れ。気候は全き落ち着いている。
先日クリアしたゲームの余韻冷めやらず、日がな一日あれこれと空想を巡らせて過ごした。つい二次創作でも、と思いはするものの書くなら他に進めるべき方もあり、ままならないものである。
〇主にミステリーに用いられる叙述トリックの一つに「信頼できない語り手」というものがある。
ざっくり説明すると、――小説等で物語が進行するとき、そこには語り手(視点人物)の存在が必要不可欠である。読者はその語り手の見たものを通して物語を読み進めていくのだが、この語り手が青を赤といったり、イヌをヒトといったりしては事実を誤ち物語を読み進めてしまう。こういった語り手はミスリードを誘うから「信頼できない語り手」となる。
さて、「信頼できない語り手」である。この手法を用いる作品には、たいてい語り手が油断ならない人物であるのを匂わせる描写が出る。
ミステリーを読む人間の頭には「信頼できない語り手」の可能性が常あるから、匂わせを感じ取ったら視点人物を油断ならない者として認識するのだが、私はこの警戒を保ち続けられない。
というのも、物語における視点人物というのは、読者にとっては二人三脚で物語を読み進めるガイドであり、読書中最も身近にいる友人のような存在だからである。
人というのは可憐なもので、友人への疑義というのはつい疎かになってしまう。ある一点で全き疑わしい人物だと思っていても、他方では誠実であったり親切であったりすると、疑わしき部分から目を逸らしてしまうのである。
私は「信頼できない語り手」との鍔迫り合いに勝った試しがない。いつも決定的な瞬間までほのかに疑いつつも信じてしまい、致命的なところで裏切られるのを繰り返している。
物語の手玉に取られるたび「してやられた!」と叫んでは、清々しさと切なさを感じている。