〇晴れ。
〇憤怒とは衝動的である。
今日は腹立たしいことがあった。怒りの詳細などさっさと忘れてしまう方がいいし、つまらないから書きはしないが、ふと言われた言葉で気を悪くした。
そこまではいい。そういうこともあるだろう。
当然私は抗議した。そのようなことを言われる覚えはない、謝罪と訂正を求める――まあ内容はそんなところである。その抗議は、相手が素直に失敗を認める人ではなかったからウヤムヤになったけれど、そこもいい。
問題は、私の憤怒が不慣れであったことだ。
私は憤怒とは衝動的であると思う。内から沸き起こる衝動が、後先を考えない言動を引き起こすものであると考えている。なのに今回の私の対応はどうだ。
腹立たしいことを言われ、怒るまではいいが、その後に抗議し謝罪と訂正を求めるというのは手続主義がすぎる。
自己認識として、私はそこまで冷静な方ではないし、感情には手続が必要とも思っていない。
なのに、これはどうか。
思い返せば、最近怒っていなかった気がする。というよりも腹の立つことがあっても大半は――まあいいか――と流していた。そのせいでひどい言葉を言われても怒り方が分からず、憤怒を手続的に処理しようとするのは、あまり人間的でなく、その一連の気づき――衝撃が先行し、ついには怒るどころではなくなってしまった。
以上。私は行き場を失った私の憤怒を慰撫するため、こうして日記に記す事で、私の憤怒の行先を作ってやった次第である。