〇晴れ。昨日の墓参で京都の街をそこそこ歩いたものの、思ったより疲労が少ない。普段なら筋肉痛の一つでも起こしているのだが、やはりこれは近ごろ続けているリングフィットアドベンチャーの効果の表れであろうか。
〇人の死には、生命活動の停止という物理的な死と、その存在がだれにも忘却されるという観念的な死の二種類がある。
少々唐突な提起だが、昨日の墓参で訪れた大谷本廟の無量寿堂内納骨所の掲示《納骨所〇ー△△は調査の対象となっております。ご参拝に来られた関係者の方は、案内所までお越しください。》に端を発する。
推測になるが、この納骨所は管理維持費の不払い等で処分の対象になったものと思われる。
先立つ人の御骨を収めたはいいものの、その身内すらも時の波にさらわれて祷りが途絶えてしまうと、死者の存在は忘却され、非人間的なモノとなり処分されてしまう。
納骨所はロッカーのような形をしている。そこに入っているのが祷られる死者の骨であれば、そこは納骨所足りうる。だが、祷る人も途絶えたただのモノであれば、そこはゴミ箱と紙一重の場所となる。
部屋いっぱいに並ぶ無数の遺骨を納めた箱。その中に時々混じる紙切れの意味を考えたとき、私は、人が死ぬとはこういうことかと思った。