日記:2024年6月27日

〇曇。依然雨降らず。本日の天気予報でも雨とあってこれだから、現代科学といえど、そんなものなのだろう。とはいえ、今にも雨の降りだしそうな空であることも変わらず、また天気予報によれば、明日は大雨であることも変わらず。本来降ってほしくない雨でも、これだけ焦らされてしまえば待ち遠しく思えるから不思議である。

〇そこまで書いて、山田風太郎『同日同刻』の太平洋戦争開戦の日の記述を思い出した。たしかどこぞの作家の日記の内容に触れた部分で、「日米開戦の気配はあるのになかなか始めないからやきもきしていた折、ついに開戦の報を聞き歓喜した。日本人はどれだけの犠牲を払っても勝つであろう!」――こんなのだったと思う。ふと、私はこれを思い出し、深刻度合において全く異なるものの、降らぬ雨に同種の感情を覚えたのだと思った。

〇山田風太郎『同日同刻』は、太平洋戦争開戦の日――一九四一年十二月八日と、終戦に至る一九四五年八月一日から十五日までの日々を、著者が蒐集した膨大な資料を基に再現した記録文学である。内容は、記録として読むなら悲惨、敗者の子孫として読むなら滑稽。無二の一冊だが、人には薦めにくい。
 また、こういった手触りの書であれば堀田善衛『方丈記私記』も近いように思う。これは記録文学というより、太平洋戦争という目で作者が『方丈記』を読もうとするものだけれど。
 こういった読むと鬱々とする本は、一度読んだらもうたくさんと思うのだが、毎年夏が盛りになると決まって読み返してしまう。あるいは、それこそが消極的な日陰者にとっての活動的な季節なのかもしれない。

この記事をSNSでシェアしたい!

コメントしてみる